遺言があっても、防げないこと
遺言は、亡くなった後に効力が生じます。つまり、生きている間には何の力も持ちません。
ここに落とし穴があります。
認知症などで判断能力が低下すると、本人は法律上の行為ができなくなります。銀行はそれを知ると口座を止めます。不動産を売ることも、定期預金を解約することも、施設の入所契約を結ぶことも、本人名義ではできなくなる。家族が代わりにやろうとしても、正式な権限がなければ断られます。
これを資産凍結と呼んでいます。
凍結された状態は、本人が亡くなるまで続きます。介護費用は本人の口座にあるのに引き出せない。実家を売って施設代にしたいのに売れない。家族が自分の貯金を削って支える。遺言をどれだけ完璧に書いていても、この期間は何も解決しません。
二つの備えが要る理由
だから、備えは二つ必要です。
| 生前の備え | 死後の備え | |
|---|---|---|
| 目的 | 判断能力が低下しても、財産の管理・処分が止まらないようにする | 亡くなった後、財産が争いなく望む相手に渡るようにする |
| 主な手段 | 任意後見契約、家族信託 | 遺言 |
| 効力が生じる時期 | 判断能力の低下時(または契約時) | 死亡時 |
| 動けなくなるタイミング | 判断能力の低下後は、新たに契約できない | 判断能力の低下後は、新たに書けない |
右の列の最後の行に注目してください。どちらも、判断能力が十分なうちにしか準備できません。 「そのときになったら考える」は、成り立たないのです。
私たちはこの二つを同時に設計することをW対策と呼んでいます。
生前の備えの選択肢
任意後見契約
元気なうちに「判断能力が低下したら、この人に財産管理を任せる」と公正証書で契約しておく制度です。実際に判断能力が低下した段階で家庭裁判所に申し立て、監督人が選ばれて効力が始まります。
- 誰に任せるかを自分で選べる
- 任せる範囲も契約で決められる
- 家庭裁判所の監督が入るので、任された側の不正を防ぎやすい
家族信託
自分の財産(自宅、預金など)の管理を、信頼できる家族に「託す」契約です。契約と同時に、あるいは定めた条件で効力が始まり、託された家族が財産を管理・処分できます。
- 判断能力が低下しても、財産の売却や活用が止まらない
- 家庭裁判所を通さないので、柔軟で迅速
- 契約内容の設計に専門知識が要り、費用もかかる
法定後見との違い
何も備えずに判断能力が低下した場合、家族は家庭裁判所に法定後見の申し立てをすることになります。裁判所が後見人を選び、財産管理を行います。
法定後見は本人を守るための制度で、確かに機能します。ただ、誰が後見人になるかは裁判所が決め、家族が選ばれないこともあります。財産は原則「維持」が目的となり、自宅の売却や生前贈与といった積極的な処分は難しくなります。
2026年6月17日に成立した改正民法で、成年後見制度は大きく見直されます。従来の「後見・保佐」は「補助」に一本化され、本人に必要な範囲の権限だけを設定する形になり、課題が解決すれば制度を終了できる仕組みも導入される予定です(施行日は未定)。
制度は使いやすくなりますが、「誰に、どこまで支えてほしいか」を自分で選べるのは、判断能力が十分な今のうちに結ぶ契約だけです。この点は改正後も変わりません。
死後の備え:遺言
W対策のもう一方の柱です。詳しくは遺言方式ナビで自分に合う方式を確かめられますが、要点だけ挙げます。
- 誰に何を渡すかを決めておくことで、遺産分割協議が不要になる
- 配偶者や子の遺留分(最低限の取り分)に配慮しないと、争いの種になる
- 遺言執行者を指定しておくと、手続きがスムーズになる
- 一度書いたら終わりではなく、状況が変わったら見直す
どちらを先にやるべきか
ご相談でよく聞かれます。答えは「リスクの高い方から」です。
- 一人暮らし、頼れる家族が遠方、もの忘れが気になる → 生前の備えが急務
- 家族構成が複雑(前婚の子、疎遠な相続人)、不動産が多い → 死後の備えが急務
- 両方当てはまる → 両方同時に
自分がどちらのリスクが高いかは、家族構成・財産の内容・健康状態で変わります。W対策総合診断は、この「どちらを急ぐべきか」を2本のスコアで見えるようにしたものです。
元気なうちに、しかできない
W対策の本質は、法律の話ではなくタイミングの話です。
契約も遺言も、判断能力があるうちにしか作れない。そして判断能力は、いつ低下するか誰にも分からない。だから「いつかやる」ではなく、「元気な今やる」以外に選択肢がないのです。
まず、診断で現在地を確かめてください。そこから何を優先すべきかが見えてきます。